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 エスカレーターに乗るとき、東京では左側に立って右側を空け、大阪では右側に立って左側を空けます。別にどちらを空けてもいいようなものですが、なぜかこのようになっています。

 この「なぜ?」を説明するのがゲーム理論と均衡の考え方です。一度「右側空け」が成立すれば、みながそうしたほうがスムーズになり、「左側空け」を選ぶインセンティブはなくなります。

 

 そして、このエスカレーターの例が面白いのは、鉄道会社などから「片側空けはやめましょう」とアナウンスされているにもかかわらず、少なくとも2021年8月現在、この慣習が続いている点です。

 一度成立した「制度」は外からのはたらきかけで簡単に変わるものではなく、また、公的なルールが「制度」を保証しているわけでもないのです。

 

 ここで「制度」という言葉の使い方に違和感を覚えた人もいるかもしれません。「制度」というのはフォーマルなものであり、エスカレーターの乗り方などはたんなる慣習にすぎないと考える人もいるでしょう。

 ただ、こう考えると、「制度」が成立するためには何か超越的な権力のようなものが必要になります。ちょうど、ホッブズが想定したのと同じように、何か超越的な権力があって初めて秩序が成り立つという形になります。

 

 しかし、本書の「制度」の捉え方は違います。例えば、以下の部分を読めばそれがわかるでしょう。

読者はフォーマルなルールと制度化されたルールを混同すべきではない。交通のフォーマルなルールは速度制限を設定するものの、新入りのドライバーたちは、熟練したドライバーがどれくらい速く運転するかを観察した後、その制限を長く遵守しない。フォーマルなルールはドライバーが予想を形成することを促すが、彼らはそれを観察した行動によって更新する。」(上巻 第5章の註10 296p)

 「制度」は必ずしもフォーマルなものでなくていいし、必ずしも国家を必要とするものではないのです。

 

 本書は青木昌彦の比較制度分析の考えなどを参照しながら、ゲーム理論の均衡分析を用いて国家抜きの制度の成立を論じた本になります。本書の紹介では、マグリブ商人とジェノヴァ商人の対比の部分がとり上げられることが多いですが、もっと射程の大きな本と言っていいでしょう。

 

 目次は以下の通り。なお、文庫化に際して上下巻となっており、上巻が第8章まで、下巻は第9章以降となっています。ちなみに、ゲーム理論について「一応知っている」くらいの人は下巻の付録Aから読み始めるといいかもしれません。

 

第一部 準備
第1章 イントロダクション
第2章 制度と取引
第二部 均衡状態にあるシステムとしての制度
第3章 自律的秩序による契約履行制度:マグリブ商人の結託
第4章 国家の触手から所有権を守る:商人ギルド
第5章 内政的な制度とゲーム理論分析
第三部 歴史的過程としての制度のダイナミクス
第6章 内生的制度変化の理論
第7章 制度の軌跡:過去の制度は現在の制度にどのような影響をおよぼすか
第8章 国家の建設:ジェノヴァの興亡
第9章 制度の軌跡とその起源:文化に根ざした予想と社会組織
第四部 比較歴史制度分析における実証の方法
第10章 個人的関係に依存しない取引の制度的基礎
第11章 理論:歴史対話型の文脈に依存した分析
第12章 制度,歴史,発展
付録A ゲーム理論入門
付録B 社会学的人間は戦略的か?
付録C 理論の役割:評判に基づく自律的秩序制度

 

 本書は中世後期(1050〜1350年頃)を扱っています。この時代は地中海を中心に商業が大きく発展した時代であると同時に、ヨーロッパ世界とイスラーム世界が分岐した時代でもあります。

 中世後期が始まった頃は、経済、技術、科学の面でイスラーム世界がヨーロッパ世界をリードしていましたが、この後、ヨーロッパ世界は飛躍を遂げることになります。

 

 また、この時代にはローマ帝国のように地中海世界に覇権を打ち立てた国家は存在せず、強制力を伴った権限を独占的に持つ主体も存在しなかったわけですが、それでも交易はさかんに行われました。

 ルールを守らせる超越的な権力がなくても商業のルールが出来上がり守られていった謎の解明が本書の1つのポイントです。

 

 本書では、「制度とは、行動に一定の規則性を与えるさまざまな社会的要因が形成するシステムである」(上巻79p)と簡潔に定義していますが、同時に、「制度は人間の行動を反映したものである以上、たとえ国家が存在する時代のものであっても、われわれは究極的には制度を自律的秩序として分析しなければならない」(上巻39p)とも述べています。

 つまり、制度は単純に「ルール」として上から与えられるものではありません。人々の内面に埋め込まれた規範や予測のようなものも含んでいるのです。

 本書はこの制度をゲーム理論における均衡と捉えるとともに、その均衡が変化するさまを理論化しようとしています。

  

 中世後期、外国での交易を行おうとすれば、商人は商品とともに旅をするか、現地の代理人を雇うかのどちらかが必要でした。

 当時の船を使った貿易では商品とともに旅をするのには時間がかかりますし、難破などの危険もあります。そこで、代理人を雇うのが効率的なのですが、問題は代理人が裏切って品物や売上金を横領する可能性があることです。

 しかも、当時の状況からいって、売上金を横領されたからといって現地の警察に告発するわけにもいきませんし、裁判を起こすのも簡単ではありません。逆に言うと、代理人は裏切って逃げ切れる可能性が高いのです。

 

 この問題に対して、地中海で活躍したマグリブ貿易商は「結託」とも言うべき評判に基づく経済制度で対処しました。裏切った代理人に対してマグリブ貿易商全体で、以後取引をしないということにしたのです。

 これによって代理人は裏切って短期的な利益を得たとしても、長期的には貿易から排除され損をするので、裏切る確率が低くなるというわけです(本書ではこうしたメ

ズムがゲーム理論を用いて記述してある)。

 

 もともとマグリブ人は10世紀に政治的な不安が高まったバグダード周辺を離れ、北アフリカチュニジアに移り住んだユダヤ人貿易商の末裔でした。彼らは地中海を舞台に当時としてはかなり大きな取引を行っています。

  大きな遠隔貿易を行うために代理人の存在は不可欠ですが、彼らは代理人の情報を共有し、万が一裏切られた場合は集団で報復するというスタイルで信頼できるネットワークを構築していきました。

 

 ただし、マグリブ貿易商の代理人ネットワークは非マグリブ人には広がっていきませんでした。当時、イタリアにもユダヤ系の商人たちがいて、彼らを代理人にすればより大きな儲けが期待できたのですが、マグリブ貿易商は彼らを代理人にしようとはしませんでした。

 この理由として、マグリブ人の間では評判のネットワークが確立していて代理人の情報を得るのにほとんどコストは掛からなかった一方で、非マグリブ人の情報を得るのは困難であったことや、集団的な制裁が効果をあげにくかったことがあります。

 そこでマグリブ人は遠隔地に移住していくことで貿易の範囲を広げたのですが、イスラーム圏を中心に活躍していた彼らにとって、イタリアに移住するハードルは高かったのです。

 

 現在、国家こそが人々の所有権を守るものだと考えられていますが、近代以前はむしろ国家からいかにして財産を守るかが大きな問題でした。

 支配者は自支配地域で経済活動を活発にするために外国人商人を保護するかもしれませんが、貿易が成功して外国人商人が富を蓄えれば、それを奪うという誘引に駆られます。商人たちにとっては国家のコミットメントが信頼できるのかどうかという問題があるのです。

 

 ここでつくられたのが商人ギルドです。商人たちはギルドを結成し、国家の不当な行為に対して集団で対抗しました。

 例えば、1050年ごろ、シチリアイスラーム系支配者は、マグリブ商人がシチリアに持ち込んだ商品に対してイスラーム法で規定されている5%を上回る10%の関税をかけましたが、商人たちは集団で禁輸することでこれに対抗し、この関税を撤回させています(上巻198p)。

 

 ただし、遠隔地、特に文化圏が違うような場所との交易に関しては、安全協定やそれに伴うフォーマルな組織が必要でした。

 ジェノヴァ人の北アフリカ交易においては、1161年にジェノヴァ人と北アフリカの支配者の間でジェノヴァ人の所有権を15年保障し、10%関税手数料のうち2%を削減する協定が結ばれた後に大きく増加しました(上巻204p)。

 イタリアでは、都市がギルドに代わってこうした交渉や禁輸の決定などを行い、これがイタリアの商人の活動を後押ししました。

 一方、ドイツの都市は比較的小さかったために、1つの都市だけで禁輸の決定をしてもうまくいきませんでした。そこでハンザ同盟がつくられることになります。

 

 第5章では、こうした制度に理論的なアプローチを行っていますが、そのまとめの部分には次のように書いてあります。

 制度化されたルールは、周囲の世界や他人が何をするか、そして何が道徳的に正しいかについて、人々が予想を形成することを助ける。そうすることで、制度化されたルールは人々の行動を可能にし、それに指針を与えるのであり。(上巻290p)

 制度とは情報の集約であり、それが人々の予想を助け、その予想に基づく行動がさらにその制度を強化していくのです。

 

 では、制度はなぜ、どのように変化するのでしょうか?

 例えば、鎌倉時代の武士は分割相続で、女性にも相続の権利が認められていましたが、時代とともに単独相続に移行し、女性の相続は認められなくなってきます。御成敗式目では女性の相続について規定されているにもかかわらず、時代が下るにつれて相続における女性の立場は弱まっていくのです。

 

 本書の第6章では、こうした制度の内生的変化についても分析を加えています。

 ここでは「準パラメータ」と「制度強化」という概念が導入され、制度が再生産されていく中で、制度は強化されていったり、弛緩して崩壊したりするのです。

 本書では、ジェノヴァヴェネツィアの2つの都市の政治制度の変遷が例としてとり上げられています。

 

 ジェノヴァでもヴェネツィアでも、氏族と親族が社会組織における重要な単位となっており、寡頭政治が行われていました。

 こうした中、ヴェネツィアは政治的秩序を維持し続けましたが、ジェノヴァではしばしば破綻をきたしました。

 

 ジェノヴァでは1096〜1194年にかけて、選挙で選ばれた執政官がジェノヴァの指導者でした。ジェノヴァには2つの有力な氏族がいて競争関係にありましたが、協力によって得られる利益も大きかったために大きな衝突は起こりませんでした。

 しかし、ジェノヴァが繁栄するようになると、ジェノヴァの実権を握ることの価値が大きくなり、2つの氏族は「軍拡競争」に励み、都市は2つの氏族によって囲い込まれることになりました。そして、1164年以降、ジェノヴァは内戦に陥ります。

 

 そこで神聖ローマ皇帝の介入もあって導入されたのがポデスタという役職です。これは1年間任期のジェノヴァ人以外から選ばれる役職で、軍事的指導者、判事、行政官の役割を果たしました。

 ポデスタがいること、さらにはその報酬が任期の終了時に支払われることで氏族対立は抑止されると考えられました。氏族がもう一方の氏族を攻撃しようとした場合、片方の氏族が完全に実権を握ればポデスタは報酬をもらえずに放逐される恐れもあったため、ポデスタには氏族争いを抑止するインセンティブがあったのです。

 しかし、それでもジェノヴァにおける氏族間の勢力拡大の競争が止まることはありませんでした。

 

 一方、ヴェネツィアでも選挙によって選ばれる総督の地位をめぐる氏族間の争いがあったものの、特定の氏族が政治的経済的支配を打ち立てようとすれば、他の氏族が攻撃するだろうという予想が広がり、また、総督の力を制限して、どの氏族に属するかにかかわらず、収益の分け前を分配するルールが確立したことで安定していきます。

 1032年以降は、総督の権限が制限され、選挙君主制から執政官による事実上の共和制へと変化します。選挙において特定の氏族が影響力をもつことは注意深く排除され、氏族の重要性は低下、それがさらなる制度の安定をもたらしました。

 ヴェネツィアでは、ジェノヴァとは違って制度強化の力が働いたと言えます。

 

 一見、似たような制度が違った運命をたどる要因としては、過去から受け継がれた制度的要素も大きいです。同じような制度であっても、それを受け入れるような素地があれば定着するでしょうし、それがなければ失敗するかもしれません。 

 例えば、アメリカの禁酒法は、人々に禁酒を強制する権利は政府にはないと人々がかんがえていたこともあって失敗しましたが、イスラーム圏の国であれば成功するかもしれません。また、フランクリン・ローズヴェルト社会保障制度を保険として定義すべきであるとしましたが、これによって社会保障アメリカ社会に受け入れられていくことになります(上巻389p)。

 

 また、このことを論じた第7章では、中世後期にヨーロッパで奴隷制が事実上廃止されたことにも触れられています。奴隷制の廃止は生産性を向上させるインセンティブを生み、その後のヨーロッパの経済成長に大きな意義があったと著者は考えています。

 このヨーロッパで奴隷制が廃止された背景には、ローマ帝国内でキリスト教が誕生したとき、世俗のことに関してはローマ法の中に書き込まれていました。ですから、その後の国家は奴隷制に関して新たに決めることができました。

 一方、イスラームではコーランの中に奴隷に関する規定が書き込まれており、奴隷制の廃止はキリスト教世界よりも困難でした(上巻397−399p)。

 

 第8章ではジェノヴァの歴史がより詳しく辿られていますが、そのまとめの中で著者は次のように述べています。

 支配者を略奪者として見る社会観も新ホッブズ主義的社会観も、国家の存在は強制力の独占を意味すると仮定している。ジェノヴァの歴史は、これらの見方が不十分であることを明らかにしている。強制力の獲得と行使に影響を与える制度 ー 強制力を節約する制度 ー こそが、建国の過程とその経済的含意に対して中心的な意味を持つのである。(上巻469−470p)

  国家をうまく建設できるかどうかは、「すでに存在している社会組織に誘引を与えて、その軍事的・経済的資源を建国のために動員させることができるか否かにかかっている」(上巻471p)というのです。

 

 ジェノヴァ商人はマグリブ商人と同じように代理人を雇っていましたが、その制度には違いがありました。第9章ではそれが論じられています。

 ジェノヴァ人はマグリブ人に比べて、中世後期のヨーロッパで発展した個人主義の考えをより内面化していました。これにはキリスト教における婚姻関係の規制などが血縁的社会を弱めるはたらきをしていたということもあります(上巻475−476p)。

 

 マグリブ人は集団主義的だったのに対して、ジェノヴァ人は個人主義的でした。集団主義的社会では水平的な社会構造が、個人主義的な社会では垂直的な社会構造が出現しやすいのですが、商人と代理人の関係においてもそうなっています。

 マグリブ貿易商の間では水平的な代理人関係が結ばれていましたが、ジェノヴァ貿易商の間では、コメンダ契約と呼ばれる、大商人が資本を提供し、もう一方が外国に行って取引をすると行った役務を提供する形が一般的でした。

 そして、マグリブ貿易商と違い、ジェノヴァ貿易商はジェノヴァ人以外も代理人として雇いました。

 

 ジェノヴァ貿易商は、マグリブ貿易商に比べて代理人について持っている情報は乏しく、集団的な懲罰のしくみも持っていませんでした。ジェノヴァ貿易商は、代理人に裏切られないためにより高い報酬を払う必要がありました。また、集団的な懲罰の代わりに慣習の成文化や裁判制度の整備を進める必要がありました。 

 一方、マグリブ人の間では集団的な懲罰制度が確立されていたために、裁判制度はそれほど必要とされませんでした。

 船荷証券ジェノヴァでは発達しましたが、マグリブでは用いられていません。

 

 ただし、司法制度の整備によって国境を超えた法の執行ができるようになったわけではありません。ヨーロッパで広がったのは共同体責任制と呼ばれる制度でした。

 これは異なるコミューンの者が契約を履行しない場合、そのコミューンの構成員全員が責任を負うと考えるもので、不履行を行った側の共同体裁判所が被害を受けた者への補償を拒んだ場合、被害者側の共同体裁判所は、その管轄地域内の不履行者のコミューンに属する任意の人物から財産を没収しました。

 日本でも室町時代などに自分の村の者がA村の人物に殺されたら、同人数のA村の人物を殺すといった報復方法がありましたが、同じような感じです。

 

 やや乱暴なやり方にも思えますが、「共同体責任制は、共同体を、各構成員による他の構成員への契約不履行のコストを内部化する、無限の寿命を持つ持続的な組織に変え」(下巻84p)ました。

 これによって共同体の構成員な、取引相手というよりは共同体のメンバーのために誠実に振る舞う必要が出てきましたし、誰が信用できるのか、できないのかといった情報も共同体の内部で流通するようになります。

 著者はこの「共同体責任制」を、評判に基づく取引と法に基づく取引をつなぐものだと考えています。

 

 しかし、13世紀になると、この共同体責任制を廃止していく動きがイタリアやイングランドで見られるようになります。

 もともと、この制度は共同体の数が少なく、共同体の内部の同質性が高いときに有効なものでしたが、貿易に参加する共同体が増え、共同体の規模が拡大し、なおかつ共同体内の異質性が増加することで、この共同体責任制を維持するのが難しくなったのです(例えば、ある共同体のメンバーだと偽装することが容易になった)。

 共同体責任制は、それによる貿易や経済の発展がその基盤を掘り崩すという、自己弱体化的性質を持っていました。 

 

 こうしてロンドンやフィレンツェなどの大都市は共同体責任制から離脱する道を選んでいきます。1279年にはジェノヴァヴェネツィアも共同体責任制の廃止に同意しています。

 イングランドでは国王の権力が強まることで、共同体責任制に代わる中央集権的な法執行のしくみが整備されていくことになりますが、そうした権力が生まれなかったイタリアでは海外にも資産を持つ大規模な同族会社が成長していくことになります。

 

 本書のまとめとなる第12章で、著者は市場について、ハイエクの言う「自生的秩序」でも、国家が定めたルールに基づいたものでもないという見方を示しています。

 商業を支えたのは私的秩序であり、それは「多くの人々のあ意図的でコーディネートされた努力の産物であり、彼らは多くの場合、強制力を持つ政治的・経済的主体であった」(下巻225p)のです。

 そして、著者はヨーロッパ近代の起源を、この中世後期におけるさまざまな団体の勃興に見ています。一方、イスラーム世界では、中央政府に影響力を与えるような経済的な団体は現れませんでした。

 

 こうした視点から、例えば、開発援助に関して次のような展望も述べています。

 自己実現的な制度を変えることによって制度改革を追求する際には、開発援助はその焦点を変更しなければならないだろう。途上国がルールを制定するのを援助することに焦点を当てるのではなく、組織、予想と取引間のつながりを変えることを試みなければならないだろう。課題となるのは、援助が終わったときにも制度が存続するように、新しい自己実現的な制度を創出することである。(下巻247p)

 

 このように、本書は制度や秩序に関して多くの知見を与えてくれます。

 制度や秩序は、主権国家のような超越的な権力がないと成り立たないわけではありませんし、また、完全に自由な個人の取引の中で自然に生まれてくるとも考えにくいのです。

 このことを本書は、中世後期の地中海世界の歴史をたどりながら示しています。

 

 そして、このまとめでは評者の能力もあってきちんと解説できませんでしたが、本書はそれをゲーム理論によって論証しようとしています。

 秩序の成り立ちをゲーム理論から説明しようとする試みは何度か目にしたことがありますが、それを実際の歴史事象に当てはめる形で行っているところが本書のすごいところです。

 

 上下巻ですし、易しい本ではないので読むのに多少骨が折れるかもしれませんが、非常に刺激的な分析が行われていると思いますし、別の地域、別の時代においても本書のアプローチは使えるのではないかと思われます。

 いま読み通すのが無理であっても、経済的な視点から歴史を捉えたい、あるいは、制度や秩序について考えたいという人は積んでおいてもいい本だと思います(ちくま学芸文庫なのでおそらく早めに品切れになってしまうと思うので))。

  

 

 

 ゲーム理論を使って歴史を分析すると言われてもイメージが湧かないという人は、本書にも影響を与えている青木昌彦青木昌彦の経済学入門』(ちくま新書)を読むといいかもしれません。

 

blog.livedoor.jp

 

 アイスランド出身のバンドLow Roarの5枚目のアルバム。

 このLow Roarに関しては、3rdアルバムに収録の"Don't Be So Serious"が、小島秀夫がつくったゲーム「デス・ストランディング」のOPに使われていて、それで知っている人もいるかもしれません。

 ゲームは見たことないのですが、自分も"Don't Be So Serious"をネットで聴いて、「これはいい!」と思って3rdアルバムを買いました。

 で、4thは出てたことを見逃していたんだけど、5thのこのアルバムについては発売情報をキャッチしていたんで買いました。

 

 ただ、全体としてはやや弱い印象です。"Don't Be So Serious"のように強く引っかかってくる曲はないですね。

 ボーカルの声質はRadioheadトム・ヨークっぽいところもありますし、メロディはきれいですし、さまざまな楽器を使いながら緻密な音作りをしているので、聴いていて気持ちはいいですが、個人的にはもう1つパンチ力がほしい感じではあります。

 そんな中で一番良いと思うのはシングルにもなっている"Everything To Lose"ですかね。ちょっElton Johnの"Your Song"の最後の部分を思い起こさせるようなメロディもあって、一番印象に残る曲だと思います。

 


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 国書刊行会未来の文学」シリーズの最終巻は、SF翻訳者・伊藤典夫によるアンソロジー。「仕事に時間がかかる」ことでも有名な翻訳者ということもあり、シリーズの最後を飾ることとなりました。

 比較的難解とされる作品を訳すことでも有名な翻訳者ですが、このアンソロジーでも、例えば「地を統べるもの」などは難解なイメージを振りまく作品ですが、「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」のように軽いながらも面白い作品もありますし、問題作「リトルボーイ再び」もあります。そして、最後の2作品「フェルミの冬」と「海の鎖」はかなりレベルの高い中短編と言えるでしょう。

 以下、収録作品ごとに簡単に紹介していきます。

 

アラン・E・ナース「擬態」
 金星探検を終えて地球に向かう宇宙船の中に、ひそかに宇宙人(というか謎の生命体)が紛れ込んでいるという設定。船内で退院に擬態していると見られる宇宙人をどのように見つけ出すのかという話になります。

 ちょっと古さを感じせるアイディアや設定ですが、話として読ませます。

 

レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」
 冷戦期、アメリカ沖になぞの宇宙船が墜落し、主人公のクラークは学生時代の友人でもある陸軍中将のジョージから手伝ってほしいと連絡を受ける。宇宙人の持つテクノロジーをめぐる各国の争いと、金持ちでスポーツ万能でモテたジョージとイケてなかったクラークの過去が絡むような形で話が展開します。これもなかなかうまい作品。

 

ブライアン・W・オールディスリトルボーイ再び」
 2045年8月6日、

100周年を祝うものとして広告会社が再び広島に原爆を落とすショウを企画するという「不謹慎」な作品。

 この作品の面白いのは、20世紀の人間は「罪悪感と抑圧の悪臭をふんぷんと放つ、哀れな連中」なのに対して、未来の人間は快楽第一の幸福主義者として描いている点。現在におけるポリティカル・コレクトネスの隆盛などをみると、オールディスの予想は外れましたね。

フィリップ・ホセ・ファーマーキング・コング墜ちてのち」
 キングコングの映画をなぞるような形で、キングコングのショウを見に行った少年の顛末と苦い思い出を描いた作品。キングコングの映画をきちんと見ていないので何ともな部分もあるのですが、しっかりと見た人には面白いのではないかと。

 

M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」
 月の裏側で神が発見され、それが地球で起こす不思議な現象を調査するように命じられた男の話。スパイ物のように書かれているのですが、巨大な光の道が登場し、何かが運ばれているという設定は謎めいており、最後は信仰の問題へと展開します。非常に難解な雰囲気をまとった作品。

 

ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」
 箸休め的に置かれている作品なのですが、意外と面白い。

 視聴率男・ジェリー・フェイギンのショウのゲストとしてやってくるのはなんと宇宙人。その宇宙人は長年、地球を観察しており、また友好的で、ショウへの期待は嫌が上でも高まります。けれども、宇宙人は地球のつまらないスピーチをさんざん学習してきており、ショウはシラケていきます。ところが…! という作品。

 

フレデリック・ポール 「フェルミと冬」
 天文学者のマリバード博士が、ジョン・F・ケネディ空港で飛行機を待っていたときに世界は核戦争に突入する。空港は避難を試みる人で大混乱に陥るが、その中でマリバードは一人の少年を保護し、アイスランド行きの飛行機に乗ることに成功する。そして、アイスランドで「核の冬」を過ごすことになるという話。

 『三体』にも登場する「フェルミパラドックス」(地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾)を下敷きにしながら、核の冬でのサバイバルと少年との交流を描く佳作です。

 

ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」

 異星人とのコンタクトと、家庭にも居場所がなく学校でも叱られてばかりという夢見がちな少年・トミーの話が平行的に描かれます。

 異星人とのコンタクトというと、友好的だったり敵対的だったり、あるいは無視されたりするわけですが、本作の面白さは異星人が人類以外の何かとコンタクトをとろうとしている点。子どもの目を通して世界を重層的に描き出します。

 

 SF作品としてレベルが高いのは最後の2作品ですが、自分としては「リトルボーイ再び」、「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」も面白く読めました。これらの作品のアイディアは時代がたっても古びないですね。

 

 

 以下は映画.comに載っている解説

2017年に発売された台湾の大ヒットホラーゲーム「返校」を実写映画化。国民党政権下の白色テロ時代を題材に描いたダークミステリーで、第56回

で最優秀新人監督賞など5部門を受賞した。1962年、台湾では中国国民党による独裁政権のもと、市民に相互監視と密告が強制されていた。ある日、翠華高校の女子生徒ファンが放課後の教室で眠りから目を覚ますと、周囲から人の気配が消えていた。誰もいない校内をさまよう彼女は、政府によって禁じられた本を読む読書会メンバーで、密かにファンを慕う男子生徒ウェイに遭遇。一緒に学校からの脱出を図るが、どうしても外に出ることができない。やがて2人は、学校で起きた政府による迫害事件と、その原因をつくった密告者の悲しい真相にたどり着く。

 

 まずはホラーゲームの実写化なので当然かも知れませんが、思ったよりも直球のホラーでした。

 うえのあらすじを読むと、段々とホラーじみてくるのかと思いますが、前半ははっきりと「悪夢」と銘打たれており、いかにもなホラー的な展開です。ファンとウェイがさまよう学校も明らかにおかしな空間として描かれており、高校生の男女が逃げ惑う学園ホラーです。

 

 ただ、日本なんかだと、学校の秘密と言えば「いじめられて自殺した生徒の存在」あたりに落ち着いていくのですが、本作ではそれが台湾の現代史と見事にリンクしています。

 映画の舞台となっている1962年の台湾は戒厳令下であり、さまざまな本が禁書になっており、共産主義者の密告が奨励されていた時代でした。

 ウェイが参加している「読書会」は、そうした禁書になった本をひそかに読むものであり、露見すれば厳しい処分が待っているまさに「秘密」の会でした。

 「秘密」とその秘密がどのように露見するのかというのはミステリーの醍醐味でありますが、中盤以降はこれがこの映画を引っ張っていきます。本作がたんなるホラー映画にとどまらない部分でしょう。

 

 変なクリーチャーが出てくるのはちょっとどうかな? と思いますが、ホラーシーンはよく練られていると思います(ふだんホラー映画をそんなに見ないので、ホラー映画としてのオリジナリティはよくわからないですが)。

 そして、主人公のファンを演じたワン・ジンがいいですね。ちょっとおどおどした感じはホラー映画にぴったりですし、それでいながら後半には引き締まった顔も見せています。

 

 最後に、現在の台湾では大陸(中華人民共和国)への反発が強まっていますが、そのときの大陸のイメージは、もちろん現在の大陸の社会の様子やさまざまなプロパガンダとそれへの反発などから構成されているのでしょうが、過去の台湾(中華民国)のイメージも投影されているのかもしれません。

 実際にそうだった部分もあるのでしょうが、この『返校』で描かれている1960年代の台湾には現在の大陸が重ねられていたようにも思えます。そして、だからこそヒットしたのではないか? と少し思いました。

 

 中学で公民を教えるときに、教えにくい部分の1つが被差別部落の問題です。

 問題を一通り教えた後、だいたい生徒から「なんで差別されているの?」という疑問が出てくるのですが、歴史的な経緯を説明できても、現代でも差別が続いている理由をうまく説明することはできないわけです。

 もちろん、地域によっては子どもであって差別を身近に感じることもあるかもしれませんが、東京の新興住宅街などに住んでいると、差別が行われている理由というものがわからないのです。

 

 本書はそのような疑問に答えてくれる本です。

 本書の「はじめに」の部分に、結婚において差別を受けた部落出身の女性が、差別する理由を重ねて尋ねると、相手の母親が「すみません、なんで今でも差別があるんでしょうか?」と、差別をしているにもかかわらず、その理由を差別している相手(女性の母親)に訊くというエピソードが紹介されているのですが、差別している本人が差別している理由を理解していないという倒錯的な状況になっています。

 

 この差別が続いている理由を明らかにするために、本書は明治以降の被差別部落に対する認識を追っていきます。もちろん、差別撤廃のために戦った部落出身の運動家の言説なども追ってはいますが、基本となるのは部落に対する認識の変遷です。

 本書の叙述から見えてくるのは、「理由があるから差別が起こる」というよりは「差別という現象があってそのための理由がつくられる」ような歴史になります。

 

 目次は以下の通り。

第1章 「文明開化」と伝統的秩序意識との対抗

第2章 「特殊化」の標識の成立

第3章 「特殊化」と「同化」の併存

第4章 「異化」と「同化」の交錯

第5章 「国民一体」論と「人種主義」の相克

第6章 戦後民主主義下における国民的「同化」の希求
おわりに

補 章 部落問題の"いま"――その後の二〇年

 

 1871年、「賤民解放令」が出されたことで近世的な賤民身分は廃止されました。

 この背景には、身分別から地域別に人民を把握することになったこと、賤民身分の居住地は免税となっていたが地租改正でそれを改める必要がでてきたこと、士族の解体の一巻として賤民身分の解体が企図されたこと、などがあげられます。

 また、いわゆる開化の一環としても賤民身分の解放は捉えられました。そして、国民への「同化」が目指されたのです。

 

 これに対して部落外の民衆からは反発が起こります。それは今まで下位にあった人々が自分たちと平等になるということへの反発であり、彼らは「旧習」を維持しようとしました。

 こうした反発は「解放令」反対一揆を引き起こしました。大規模な一揆が起き、18人もの死者を出した北条県(岡山県東北部)では、被差別部落民衆の部落外民衆に対する態度が不遜であるということから被差別部落に詫状を出させることも起きています。

 

 1870年代は開化をよりどころとする平等論と旧習=差別温存論が拮抗していましたが、1880年代になると後者が優勢になります。

 湯屋での入浴拒否や就学拒否などが続きましたし、身分制の撤廃によって自由になったはずの結婚においても部落出身者への差別が起こりました。部落出身者を「悪疾遺伝ノ家系」(38p)として部落出身者との結婚を問題視する言説も生まれています。

 

 中江兆民のように自由民権運動と連動する形で、「新民」(部落出身者)こそが変革の担い手となるといった主張も現れましたが(42p)、一方で自由民権運動とともに部数を伸ばした新聞にも差別的な記述が載るようになります。

 部落は不潔であり、コレラのなどの伝染病の発生源であり、さらに彼らは「異種」であるという言説も広まります。

の祖先は「ポリネシアン島の土人」、「三韓より帰化したる人民」だという主張が登場するのです(50p)。

 

 こうした中、帝国意識に訴えることによって「同胞の融和」を実現しようとする動きも出てきます。また、

が生きる道として、海外や北海道への移民・移住が示されました。同じ国民になるために、「日本」から離れた場所に活路を求めようというのです。

 

 また、1898年に施行された明治民法によって成立した「家」制度が部落差別を助長しました。社会の基礎単位が「家」とされ、それが血統主義によって基礎づけられ、戸主が成員の自由意思を阻んだことで、部落出身者との結婚を忌避する風潮が続くことになったのです。

 1902年には、広島で「旧家豪農」出身だという男性が実は「旧穢多」だとわかったために女性が婚姻取消請求を求めた裁判で、女性の主張が認められています。裁判所は、「之と婚姻を交じふるを嫌忌するは旧穢多にあらざる者の普通の状態」(65p)だとし、「旧穢多」だと知っていれば結婚はしなかったはずだと結論づけています。

 江戸時代には「ヨバイ」の慣習などもありましたが、この時期になると結婚では「家柄」の釣り合いが意識され、部落出身者は排除されるようになるのです。

 

 日露戦争の頃になると、内務省が部落問題の解決に取り組み始めますが、そこでも彼らのルーツを朝鮮半島蝦夷に求める「人種主義」的な認識が採用されており、また、新聞などもそうした認識の記事を掲載しています。

 また、内務省が対策に取り組み背景には犯罪の防止がありました。部落出身者は教育を受ける機会が少なく、きちんとした生業につく機会も少ないために犯罪に走りやすいという認識があったのです。ただし、実際に部落出身者に犯罪が多いという数字が出てくれば、それが統計的差別を生み出すことにもなります。

 明治後期になると肉食も広がりを見せるのですが、屠場とそこで働く人への偏見というものはなかなかなくなりませんでした。

 他にも部落は近親婚を繰り返しているから問題があるといった言説も登場します(江戸時代の農村も通婚圏はかなり狭かったにもかかわらず)。

 

 部落を「異種」とする見方は根強く、日本の社会運動の歴史の中でも「人格者」としてのイメージが強い賀川豊彦でさえ、「彼等は即ち日本人中の退化種 ー 奴隷種、時代に後れた太古民族なのである」(96p)と述べていました。

 賀川をはじめ、被差別部落の人々の間に入って活動しながら、このような偏見を保持し続けていることも珍しくなかったのです。

 

 ただし、1912年になると内務省の中で従来の「特種(殊)部落」という用語をやめ、「細民部落」と言い換えようという動きがおこるなど、被差別部落からの要望を受ける形で、ことさらに彼等の特殊性を強調すべきではないという考えも出てきます。

 

 一方、部落の中からはアクションが出てきます。例えば、

の団体である大和同士会は、「一君万民」の考えのもと、教育などを通じて部落を改善していこうというものなのですが、ここで信仰(浄土真宗)の問題が出てきているのは興味深いです。

 被差別部落の人々は現世での抑圧への解放を来世に託して、親鸞悪人正機の教えを支えに熱心に浄土真宗を信仰し、多額の寄付を行ってきました。しかし、この時期になると、この寄付が部落の経済的発展を阻害しているのではないか? という声が上がってきます。さらに浄土真宗内部でも部落の寺を「穢多寺」と呼んで差別する風潮もあり、大和同士会ではこれを問題視しています(105−107p)。

 大和同士会は、差別解消に必要なのは外部の反省であって、部落としては「富の程度を高める外に仕方無い」(108p)という認識のもと、個人の立身出世が奨励されました。

 

 社会の上層からのアプローチとしては1914年につくられた帝国公道会があります。会長に板垣退助を迎え、幹事長の大江卓(天也)が活動の中心となりました。

 日本が帝国主義的拡大をしていく中で、部落差別は国力発展の阻害要因だと捉えられました。当時、日本では朝鮮や台湾といった植民地、さらにはアイヌをいかに包摂するかが課題となっていますが、部落も同じように「異種」として包摂の対象と考えられたのです。また、運動は明治天皇の「一視同仁」の「聖旨」を貫徹するという形で進められました。

 活動の一環として、

の北海道への移住も行われましたが、農地経営では失敗するケースも多かったですし、北海道でも部落出身者ということで差別されるケースは会ったようです。

 

 第一次世界大戦が起きると日本の景気は良くなりましたが、物価の上昇は部落の人々の生活に打撃を与えました。物価高に対する民衆の反発として米騒動があげられますが、22府県116町村で被差別部落民衆の参加があったことが確認されています(136p)。

 当時の政府や新聞は被差別部落民衆が米騒動の首謀者のごとき言説を展開したこともあって、被差別部落民衆に対する恐怖の意識が植え付けられることになります。報道ではことさら残虐性も強調され、新聞では部落が異常な場所であるかのようなルポも連載されたりしました。米騒動を機に部落の「特殊(種)性)が強調されるようになったのです。

 

 この時期には、歴史学者喜田貞吉が部落史研究によって「人種起源説」を否定したり、有馬記念にその名を残す有馬頼寧が「同愛会」を結成し、トルストイ主義から部落解放を訴えたりしました。

 

 一方、部落の中からは

としての自覚や誇りを訴える声が起こり、これが192ン年に結成された全国水平社へとつながっていきます。

 全国水平社創立の「宣言」には「我々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」(185p)との一節がありますが、ここには今までの「同化」志向とは一線を画する「

」であることの集団的自我の主張があります。第一次世界大戦時の民族自決論の影響を受け、「異種」扱いされる中で、自らの固有のアイデンティティが模索されたのです。

 

 全国水平社は差別を糾弾する運動を始め一定効果をあげますが、糾弾を受けて謝罪するときもまず最初に明治天皇に謝るという形式がとられたりしましたし(198-199p)、部落に対する差別意識が水平社への批判や非難に転嫁するケースも見受けられました。

 

 水平社側からはマルクス主義に期待をかける動きも出てきます。人々の意識を変えるという達成が難しそうなやり方よりも、制度を根底から変えるというマルクス主義のやり方は魅力的に思えたのです。

 また、経済的困窮こそが部落の抱える一番大きな問題だという認識からマルクス主義によってこれを解決しようという思いもありましたし、「無産者」というくくりで部落外の人間と連帯できるというのも魅力の1つでした。

 

 昭和恐慌は日本に大きな打撃を与えましたが、経済的基盤が脆弱な被差別部落はとりわけ大きなダメージを受けました。履物生産の行き詰まりなどもありましたし、被差別部落においては農業従事者といえども耕地は狭く、副業をしなければ生活費が補えないような状況でした。

 こうした中で、日雇い労働者となる者も多かったのですが、ここでは

労働者と競合することになりました。

 被差別部落には金も保証人もなくても借りられる借家が存在し、そこに

労働者は流入しました。彼らは賃金も安く、「水平社の運動に啓発されて権利意識を高めた部落の労働者よりも、相対的に従順でかつ解雇が容易であった」(234p)ために、部落の人々は失業の脅威にさらされることになります。

 そのため、

と連帯すべきだという声も一部にあったものの、部落の人々と との間の摩擦が強まりました。

 

 こうした中、国家主義の考えが強まってくると、日本民族の一体性を強調する「融和教育」の動きも出ていきます。これらは差別をなくそうとする運動でありましたが、同時に天皇のもとに人々を包摂しようという考えであり、「融和問題は日本精神の弛緩から生ずる」(257p)といった主張もなされました。

 部落解放運動の側も、マルクス主義に走ったことで弾圧を受け、1933年頃になると融和主義に接近する動きが出てきます。これには特高からのはたらきかけなどもあったのですが、次第に経済更生と人民的融和をその主張の中心としていくのです。

 日中戦争突入を機に、水平社もまた「挙国一致」協力を表明したことで、部落の人々の抵抗の拠点は失われていきます。

 

 しかし、1939年に中央融和事業協会が打ち出した「十カ年計画」の中枢は満州移民でした。部落は過剰人口を抱えているとし、その「人的資源」を大陸に振り向けようとしたのです。

 これは融和というよりも部落の人々を過剰人口として海外に放擲するようなものでしたが、「「満州」も「東亜共同体」の一部であることによってカムフラージュされた」(274p)のです。

 

 1938年に戸籍上の族称欄廃止が決定され、同年度に融和教育研究指定校制度がつくられるなど、政府による融和のはたらきかけは強まります。

 融和教育においては、

が「異種」という考えが否定され、日本民族の同化力や包容力が強調されましたが、「異種」でないことを学んだからといって差別がなくなるわけではありませんでした。

 戦争の進展とともに部落差別は「反国家的」であるという考えが広がっていくのですが、同時に水平運動は翼賛体制へと取り込まれていくのです。

 

 戦後になると、部落解放運動は民主主義によって差別を克服しようとしていきます。また、戦前は「天皇の赤子」という考えから差別をなくそうという主張もありましたが、戦後になると天皇制自体が封建的遺制として克服の対象となってきます。

 

 しかし、戦後になっても差別がなくなったわけではありませんでした。

 例えば、戦後になると見合い結婚が減少し恋愛結婚が増え、部落とそれ以外の通婚も増えるのですが、1954年には広島で、部落出身の男性との結婚に親や親戚が反対し、男性が裁判所で営利誘拐罪で有罪になるという福山結婚差別事件も起きています(324p)。

 部落の問題に理解を持っている人でも、部落は血族結婚を重ねているので遺伝上問題があるといった考えをもっていることがありました。

 

 また、部落の貧困は相変わらず大きな問題でした。1957年には群馬県相馬ヶ原演習場で弾丸拾いをしていた女性が米兵に射殺されるジラード事件が起きていますが、この女性は部落の出身で弾丸拾いをしなければ生活が成り立たない状況だったのです。

 1960年代いなると経済的格差の解消が運動の中心に据えられ、これが65年の同和対策審議会の答申につながっていきます。

 しかし、本書の補章で触れられているように、部落とそれ以外の見た目の差異がなくなったとしても、決して差別がなくなったわけではないのです。

 

 このように、本書は近代以降の部落差別の歴史を主に部落外の視点からたどったものなのですが、そこから見えてくるのは、差別の理由は時代とともに変化しつつも、差別が温存され続ける状況です。

 近世的身分制度が解体された後も、「日本人とは異種である」「犯罪が多い」「伝染病の巣窟」「血族結婚を繰り返していて遺伝的に問題がある」などの、さまざまな差別の「理由」が登場します。

 最初にも述べたように「理由があるから差別が起こる」のではなく「差別という現象があってそのための理由がつくられる」ているのです。

 

 ですから、偏見を潰していけば差別がなくなるというものでもないのかもしれません。具体的にどうするかというと難しいですが、「差別という現象そのもの」をなくしていくしかないのかもしれません。

 本書は、もちろん部落差別の歴史を知りたい人にお薦めできる本ですが、差別そのものを考える上でも重要な示唆を持った本であると思います。

 

 

 The Antlersはニューヨークのブルックリン出身のインディー・ロックバンド。2006年デビューで、これがおそらく6枚目のアルバム。

 派手さはないものの、じわじわと盛り上げてくるような曲が得意なバンドなのですが、今作でも静かに、そして同じメロディをループさせながらじわじわときますね。

 聴いたことのない人にこの感じを言葉で説明するのは難しいので、興味をもったのであれば、次の"Stubborn Man"のMVをみてみてください。

 


www.youtube.com

 

 基本的にサビ的な部分では、ギターとピアノで同じようなフレーズの繰り返しが続くのですが、この繰り返しに何とも言えない味がある。

 このパターンは8曲目の"Green to Gold"でも繰り返されているわけですが(ピアノは入らずギター中心)、

 

 3曲目の”Solstice”のようにストリングスなども入れながらもう少しにぎやかに盛り上げていく曲もありますが、あまりスケール感を追求せずに、一定の空間を静かに満たしていくような感じが、このThe Antlersの特徴ですかね。

 派手さはないですが良いアルバムだと思います。

 

 

 いろいろと脚本の穴もあって批判も多いのだろうけど、個人的にはこの映画のゴージャスさを買いたい。実写を含めて、ここ最近の日本映画の中だと一番ゴージャスな映画と言えるんじゃないでしょうか?

 

 まず、誰もが認めるであろうことは音楽と中村佳穂の歌の良さ。

 もちろんプロの歌手なので歌がうまいのは当然なのですが、声に特徴があって、なおかつスケール感がある。しかも、意外にアフレコも良く、この映画がうまくいっている最大の要因は中村佳穂の起用ということになるでしょう。

 また、その中村佳穂のスケール感を活かすための映像も良くできていて、仮想空間のUの中ですずの姿で歌うシーンはアニメにおける歌唱シーンの中でも屈指の出来ではないでしょうか。

 

 次に画面の美しさ。仮想世界U、そしてその中の竜の住む城、「新海誠には負けない!」という対抗意識をひしひしと感じさせる高知の田舎の風景の描写、どれも力が入っていて隙がないです。

 

 そして、この映画のゴージャスさを支えているのが、主人公すずがUの中で変身するベルという〈As〉(アバター)のキャラクターデザイン。『アナと雪の女王』『ベイマックス』などのキャラクターデザインを務めてきたジン・キムが担当したそうですが、今までの日本のアニメ映画にはなかなかない存在感を持っています。

 今までの細田監督作品のキャラもそうですし、新海誠の映画でもヒロインにそんなに派手さは求められていないと思うのですが、これだけ画面がゴージャスになれば、それなりに派手なヒロインが必要なわけで、それをジン・キムに求めたのは正解だったと思います。

 細田守が自分で描いたら、この派手さは出なかったでしょう。

 

 ストーリーとしては『サマーウォーズ』+『美女と野獣』に、さらに『時をかける少女』の高校生の恋愛要素を詰め込んでいており、かなり盛り沢山の内容なのですが、これをよくまとめています。

 『美女と野獣』を下敷きにしたシーンでもディズニー映画に負けない洗練さを見せていると思いますし、カミシンとルカちゃんの恋愛パートは笑えます。

 

 ただ、脚本上の不備はあります。

 誰しもが感じるのはラストの強引さで、竜の正体にたどり着くところまではよいとしても、実際に会いに行って会えてしまう展開はご都合主義だと思いますし、ママさんコーラス隊の面々も「人生における頼れる先輩のようでいて、冷静に考えると無責任な人の集団じゃない?」みたいな感じですよね。

 あと、幼馴染のしのぶとの関係の描き方が丁寧さに欠ける感じで、彼の行動がかなり唐突に見えてしまう。

 

 というわけで欠点もある映画だとは思いますが、ご都合主義であってもハリウッドの大作映画が楽しめるように、この映画もいくつかの穴を、見事な映像と音楽で埋めることができています。

 前作の『未来のミライ』は見る人を選ぶ映画でしたが(子育て経験者のみが楽しめた映画のような気がする)、今回は多くの人に満足感を与える大作映画になっているのではないでしょうか。